目次 序章聖徳太子の実像を求めて 「隠された十字架」の方法 太子の実像が姿を現す予感 過度の尊敬と嘲笑 太子に関する最初の文献批判 光と闇の矛盾の中にこそ太子の実像が 東アジア世界と太子の位置 必要な政治、経済、文化の総合的考察 第一章仏教伝来の意味するもの つくられた血の配合ーー聖徳太子 仏教伝来は五五二年 政治的事件としての仏教伝来 仏教の誕生と中国における展開
梁の武帝ー ! 仏教国の誕生と崩壊 朝鮮半島の政治的状況と日本 任那を譲って文明移人 新羅の脅威と聖明王の一計 七五 百済の思惑と日本の無関心 百済の使者が見た梁の廃墟 百済の賭けーー一体の釈迦仏にこめられた悲願会 第二章仏教ー亡国と興国の教え 欽明期における百済の三様の使節 二つの使節にはさまれた仏教伝来 日本の国論を一一分した仏教伝来 聖明王の期待にこたえられない日本 娘を政略結婚させた聖明王 大敗北を招いた百済の大攻勢 息子の身代わりになった聖明王 興味深い稲目と王子・恵の敗戦問答 二人の王を滅ぼした仏教 一 00 一 0 七 九五
任那滅亡を招いた日本のなりゆき外交 謎につつまれた任那陥落 仏教を興国の教えにした新羅の真興王 稲目の死と広教弾圧 第三章蘇我と物部の宗教戦争 聖徳太子の生年と血筋 一七 0 敏達帝の誕生 一七四 朝鮮半島の状況ーー高句麗のあせり 一七九 日本海を渡ってきた高句韜の使 太子誕生のころの国際情勢とあやふやな太子伝説一八六 天皇家に根をおろしていった蘇我氏の血統 一九四 敏達帝の新羅寄り外交 複雑な気持ちで帰朝した日系百済人・日羅 一一 0 四 日羅の提案と悲劇 馬子の崇仏宣一一一口ーー寺院と塔の建立 疫病の流行と一一度目の仏教弾圧 登場人物の年齢考
用明帝の即位と穴穂部皇子の殯宮乱人 三輪君逆の殺害と馬子の読み 用明帝の病と崇仏の詔 物部氏の孤立と決戦の予感 第四章物部の滅亡と法興寺の建立一三一 軍需産業家としての物部氏 歴史の波にのった天才政治家・馬子 馬子の手腕ーー排仏派の脱落と守屋の孤立 間人皇后と穴穂部皇子の姉弟愛 崇仏派に寝返った穴穂部皇子 決戦前の血祭りーー馬子の穴穂部皇子殺害 丹後半島・間人に伝わる間人伝説 名だたる皇子と豪族の参戦 押坂彦人皇子をめぐってーー山尾説の検す 押坂彦人皇子をめぐって・・ー中渡瀬説の検討 決戦を静観した彦人皇子 シンポル・太子と演出家・馬子の原型 一三ロ
守屋の敗北と巧妙な馬子の戦後処理 人間を描く日本書紀 八尾に残る物部氏の遺跡 崇峻帝の誕生と法興寺の建立 崇峻四年は法興元年 高句麗の援助でつくられた法興寺 任那回復の詔勅と筑紫出兵の意味 六世紀末の高句麗の立場 隋帝国誕生の波紋 隋帝国をめぐる東アジアの情勢 六世紀末の朝鮮半島 隋が責める高句麗・四つの大罪 高句麗からの出兵要請と馬子の計算 装幀坂野豊 飛島寺釈迦如来座像 表紙カ・ハ 人江泰吉撮影 三 00 三 0 四 三四一一 三五四
聖徳太子 1 仏教の勝利 昭和五五年三月二〇日初版第一刷発行 定価Ⅱ一、二 00 円 著者Ⅱ梅原猛 発行者Ⅱ相賀徹夫 発行所Ⅱ小学館 東京都千代田区一ッ橋二ノ三ノ一 郵便番号一 0 一 電語編集 0 三ー一一三 0 ー五六二 0 製作 0 三ー二三 0 ー五三三三 販売 0 三ー二三 0 ー五七六三 ー二 00 番 振替東京八 印刷所Ⅱ大日本印刷株式会社 0 * 製本にはじゅうぶん注意しておりますが、万一、落丁・ 乱丁などの不良品がございましたら、おとりかえいたし ます。 * 本書の内容の一部または全部を、無断で複写複 製 ( コピー ) することは、法律で認められた場合を除き、 著作者および出版社の権利の害となりますので、そのヨ 場合はあらかじめ小社あて許諾を求めてください。